書評

大学の教養課程で教えてほしい内容だった|本を読む本

フォトリーディングの通信講座を受講したときについてきた本でした。本屋さんで時々見かけてはいたのですが、特に気にしていなかった本です。ですが、改めて読んでから本屋さんを覗くと、多く置かれていることに気づきました。

本書を読んでほしい方

多くの本からたくさんの情報を得、自分の知識として活用していきたい方、大学に入ったばかりの方には一読の価値があるのではないかと思います。

著者の紹介

M.J.アドラー

コロンビア大学卒業。シカゴ大学哲学教授、哲学研究所所長。エンサイクロペディア・ブリタニカ編集長などを歴任。

C.V.ドーレン

コロンビア大学卒業。コロンビア大学英文学教授を経て、エンサイクロペディア・ブリタニカ・インコーポレイテッド副社長。

著者は大学教授でもあり、エンサイクロペディアという百科事典の編集社に在籍されていた方です。そのような方が自身の読む方を振り返り、まとめられたものが本書であり役立つものを思います。

構成と読みやすさ

本書は以下のような構成になっています。読書の仕方を四段階にまとめられています。

第一部 読書の意味
1 読書技術と積極性
2 読書のレベル
3 初級読書ー読書の第一レベル
4 点検読書ー読書の第二レベル
5 意欲的な読者に鳴るためには
第二部 分析読書ー読書の第三レベル
6 本を分類する
7 本を透視する
8 著者との折り合いをつける
9 著者の伝えたいことは何か
10 本を正しく批評する
11 著者に賛成するか、反論するか
12 読書の補助手段
第三部 文学の読みかた
13 小説、戯曲、詩の読みかた
第四部 読書の最終目標
14 シントピカル読書ー読書の第四レベル
15 読書と精神の成長

情報を得るための読書と理解を深めるための読書

本書で、まず著者は『読書には情報を得るための読書と理解を深めるための読書』があると言っています。

「情報を得るための読書」は新聞や雑誌などを読む場合であって、読み手の読書力や理解力に応じて情報を取捨選択する読書のことです。事実に基づくようなものが多いのでしょうか。

一方、「理解を深めるための読書」は書き手と読み手の理解の深さに差がある場合としています。この場合、書き手は読み手より深い理解と洞察が必要なのと同時に、読み手にはその差を克服していくことが必要としています。そして、書き手とのギャップを縮めることができれば、書き手とのコミュニケーションが成立するとしています。そして、本書のメインテーマがこの「理解を深めるための読書」です。

本書では、娯楽のための読書については触れていません。わたし個人的にむりやりどちらかに分類するとすれば、「情報を得るための読書」かなと感じました。娯楽のための読書というと小説が浮かびますが、理解を深めようとして読んでいません。そこの情報でわからないところがあっても飛ばして読んでいます。なので、「情報を得るための読書」にしてみました。人によっては一人の著者の著書を多く読み、その著者について理解を深める方もいると思います。そのような方にとっては「理解を深めるための読書」かもしれません。あくまでむりやり分けた場合のことです。

理解を深めるための読書-分析読書

「理解を深めるための読書」のことを本書では「分析読書」と命名しています。

その分析読書の最終目的は読み手が本の内容を理解し、書き手の意見に賛成か反対かの態度が示せるようになることとしています。賛成か反対かを示せるようになるには、その本をよく理解していなければなりません。理解するためには本の内容を知識として知っていなければなりません。ここで理解とは書き手の主義主張がわかっていることと考えました。知識として知っているとは本に書いてあるキーワードについて意味や概念がわかっていることと考えました。

この分析読書ができるようになるには表面だけを読むのではなく、よく読むことが大切です。いわゆる熟読です。ですが、すべての本を熟読しようとすると時間が足りなくなります。なので、その熟読に値するものかどうかを点検読書するのです。

読書の最終型-シントピカル読書

読書の最終型というと言い過ぎかもしれませんが、わたしはあえて最終型としました。それが本書でいうシントピカル読書です。シントピカル読書は同一主題について二冊以上の本を読むことです。複数の本を読み、その主題についてひとつの考えをまとめていくものです。当然複数の本を読めば、同一意見であったり、反対意見もあったりするでしょう。それらをまとめることです。

わたしはこれを読書の最終型と考えたのは、情報を発信していく上でこのような読みかたが必要になると思ったからです。ブログでもそうですが、新たに本を出版しようとしたとき、一方的な意見だけでは不十分になります。多くの意見により熟考を重ねた上で、ひとつの意見にまとめ上げる、そのようなことが必要だと思ったからです。

まとめ

本書を読み、振り返ってみると本の読み方というのはそもそも教わったのでしょうか。遠い記憶の中にあるのは、国語の授業のような文字を前から追い、その感想を述べるというようなものでした。もちろん、文法も教わりましたが、そこで終わってしまったような気がしています(あくまでもわたしの記憶です)。本書に書かれている読み方は高等教育を受け、専門書を読む上でとても役に立つものと思います。大学の教養課程で教えてもいいような内容ではないかと感じました。